垣根のないつながりを

美容室をはじめダイニングカフェやめがね店、レンタルオフィスの経営、児童養護施設への出張ヘアカットなど、府中を拠点に幅広く事業を手掛ける若度千尋さん。「福祉もできる美容師」を目指し、有料老人ホームと提携している美容室グループの府中店に就職。独立して自分の美容室をオープン後、美容室が持つ可能性を広げ、美容業界を起点に社会課題の解決を目指して活動を続けている。

府中駅近くで美容室「ラルーエ」やカフェダイニング「アンシャルムカフェ」などを経営する若度千尋さん。群馬県で生まれ育ち、短大進学を機に東京・八王子で一人暮らしをスタート。その後2005年、仕事をきっかけに府中に引っ越してきた。以来、結婚、子育て、仕事……と府中を拠点にパワフルに活動中だ。府中の好きなところを聞くと、笑顔でこう語る。

「暮らしやすいですよね。必要なものはだいたいそろっていますし、東京だけど都心のように人が多すぎて息苦しいなんていうこともない。一年中お祭りがあるところも好きです」

お祭りがあるたびに大國魂神社周辺に繰り出すのが楽しみ、と語る若度さん

実母から虐待を受けるなど壮絶な幼少期を送ったという若度さん。父母が離婚後、愛情深い父と祖母に育てられたことも相まって、人の痛みにも喜びにも敏感で、自分ごとのように感じる性分になったと自己分析する。

小さなころからお世話好きだったとも振り返る。小学5年から中学1年のときに取り組んでいた知的障がい者施設などでのボランティアにやりがいや喜びを感じ、将来は福祉の道に進みたいと考えた。また、中学2年のときには、がんで入院した祖母を介護した。

「おしゃれな祖母で、病室に行くたびに『お化粧をして』というので、眉をかいたり口紅を引いてあげたりしていました。半年ぐらいだったのですが、楽しかったです。祖母を看取ったあと、介護の道に進もうと思いました」

愛情深く育ててくれた祖母と。入院中、医師の回診がある際は、身支度を整え、ベッドの上で正座をして待機していたそう

若度さん自身もおしゃれ好き。そんな若度さんを見た高校の先輩から「美容師になったら」と言われたことをきっかけに、美容師と介護福祉士の資格取得を目指し、両方の資格が取れる短大に進学した。

短大で取れる限りの資格を取ろうと勉強に励んでいた若度さんは、進路を決定づける出来事を経験する。介護実習で高齢者施設を訪れたときのことだ。おばあちゃんたちにお化粧をしてあげたところ喜ばれ、やりがいを感じたものの、同時に疑問も残った。

「おばあちゃんたちは、髪は白くて服は茶色。メイクをしないと“おじいちゃん”みたいでした。おしゃれだった祖母とは明らかに違うその姿に、人生の最期にこの姿で過ごすことを本当に望んでいるのかなと思ってしまって。最期までおしゃれを楽しみたい方のために、福祉の中で当たり前に美容ができる環境をつくりたい。ならば、美容師として福祉に関われるよう、まずは美容師になろうと決めました」

美容と福祉に関わる資格を可能な限り取ろうと、4年間かけて美容師や介護福祉士、社会福祉士といった資格を取得した若度さんは、有料老人ホームと提携している美容室グループの府中店に就職した。

経営者であるとともに現役の美容師でもある若度さん。今も店舗に立ち、お客様の髪を切っている

お客様にとってもスタッフにとっても安らげる空間を

美容室はカットやパーマ、ヘアカラーに加え、指名料やシャンプー類の販売、ヘッドスパなどで売り上げが成り立っている。グループ全体で300名ほどスタイリストがいる中で、若度さんはアシスタント時代から売り上げの成績がトップだったという。それを実現できたベースには、お客様がしてほしいこと、してほしくないことを考え抜いた接客にある。

「お客様は営業されたくないですよね。だから、私は“売らない”。その代わり、お客様の困りごとや望みに耳を傾け、美容師の視点でお客様のためになる情報をお届けすることを心掛けていました。結果、それが信頼となり、売り上げにつながったのだと思います。これは今でも徹底しています」

「相手の目を見て話す」ことも徹底していることの一つ

激務だったため、通勤時間を短縮しようと府中に移住。その後も全力で働いたが、美容室の仕事が忙しく、もともとの希望である有料老人ホームへの訪問美容には携われなかった。それでもその美容室に骨をうずめるつもりだったというが、「夢をかなえるには、独立するしかない」と同僚から相談されたことをきっかけに、自身も独立を決意。2014年、4人の仲間とともに、府中市宮町に美容室「ラルーエ」をオープンさせた。

店名には、「最高の美を届ける安らぎの空間」という意味を込めた。実際、若度さんがつくり上げたのは、来店客にとってもスタッフにとっても居心地のいい空間だ。

「お客様を一生担当して差し上げたいので、介護が必要な状態になっても来ていただけるよう、スロープを設け、自動リクライニングのシャンプーチェアを採用しています。また、スタッフにはノルマに縛られずにのびのびと働いてほしいので、お給料は、基本給プラスがんばった分の収入を得られる仕組みにしました。さらに、女性スタッフは全員ママなので、いつでも休めるようにしています」

「RaRuhe(ラルーエ)」は、「安らぎ」を意味するラウム(raum・独)と「空間」を意味するルーエ(ruhe・独)の造語。
また、「R」にラナンキュラスの花のイメージもかけて、「最高の美を提供する安らぎの空間」を表している

美容室はソーシャルビジネス

スタッフにとっての働きやすさは、接客の質を向上させ、おのずとお店全体の雰囲気の良さとなって表れた。しかし、若度さんが働きやすさを大事にするのは、美容室を大きくするためではない。2017年には、一人のスタッフの夢でもあったダイニングカフェ「アンシャルムカフェ」を、現在のクラウドファンディングのような形で客の支援を受けてオープンさせた。スタッフが将来はカフェをやりたいという夢を話した時、「それ、うちでやればいいじゃん」と思ったのだという。お客様の思いも、スタッフの願いも、関わる人すべての幸せを、ごく自然に実現していこうと動く。器の大きさに驚かされるばかりだ。

「Un Charme Cafe(アンシャルムカフェ)」の由来は、「幸せになりますように」とのフランス語のおまじない。ロゴにカランコエという花の頭文字「K」をあしらい、「小さな思い出がたくさん積み上がっていきますように」との意味を込めた。写真は夢を語ったスタッフ。

経営が軌道に乗ると、若度さんは「自分のお店だけが良くなっても仕方がない」と、美容業界、そして地域社会へと意識が拡大。経営者向けのセミナーに参加したことで、社会課題の存在を知り、改めて美容室の価値にも気づいた。

「お客様は1、2ヵ月に一度、定期的に通い続けるうちに、ほかの人には言えないような悩みを打ち明けてくださるようになります。これほど情報が集まり、お客様と深く信頼関係を築ける職業はなかなかないのではないでしょうか」

だからこそ、今後の美容室と美容師のあり方に大きな可能性を感じているという。

「美容室はただ髪を切るだけではなく、お客様の人生に寄り添いながら、さまざまな希望をかなえたり、悩みを解決したりする場になれるはずです。また、美容師一人ひとりが社会課題に関心を持つことで、人と情報、企業、そして地域をつなげる“ハブ”となり得る。そういう意味で、美容室はソーシャルビジネスだと思っています」

髪を切りながらお客様と話すことで、心から打ち解け合い、信頼関係を築いている

経営理念や企業理念にそうした思いを反映させて刷新するとともに、地域や社会の課題解決に本格的に取り組み始めた。例えば、月に一度、児童養護施設二葉学園に赴き、子どもたちとの信頼関係構築を目指してボランティアカットをするなど、さまざまな団体や企業と協同している。しかし、活動をすればするほど、もどかしさも感じるようになった。

「虐待を受けている子どもの98%は地域にいるといわれていますし、空き家問題や高齢者の孤食、孤独死……と、府中にも課題が山積しているのです。それなのに、もともと府中に住んでいるのかとか、シングルマザーなのかとか、支持政党はとか、枠にとらわれている人が少なくありません。でも、府中を、社会をよくするためには、そんなことどうでもいいじゃんって思いませんか。境界線なんてなくして、いろいろな人を巻き込んだ方が絶対にいい」

もともと「ラルーエ」でも髪を切りながらお客様と「あんなことしたい、こんなことしたい」と語り合ってきたという。

「みんながやりたいことを聞いていたら、『それ私もやりたい!』『全部できるんじゃない?』って思えてくるんですよ」

ならば、府中の未来のためにできることを、みんなで一緒に考えようよ――。そんな思いを込めて「府中の未来を考える会」を立ち上げ、2024年3月に第1回目を開催した。

「最大の社会課題は無関心。だから、まずは『知る』を増やしたい。そこから支援や取り組みが広がっていったらいいですよね」

2024年9月に「ラルーエ」は開業10周年を迎えた。現在では、美容室やカフェダイニングに加え、介護予防講師、生パスタの販売、金融教育、目とめがねの相談室やコワーキングスペースの経営……と、事業が拡大。さすがにこれほど事業が広がるとは10年前には想像できなかった、と若度さん。では、現在の若度さんの仕事はなんだろうか。

「人生の伴走者です。お客様が人生を振り返ったときに、美しい人生だったと思えるお手伝いをしていきたい」

お客様の、そして府中の未来を本気で輝かせるため、若度さんは今日も府中を駆け巡る。

おしゃれな服装に身を包み、自転車の前後に大きな荷物を載せて府中を疾走

プロフィール
若度千尋氏(わかたび ちひろ)

株式会社BLP代表取締役。祖母と同じく父もおしゃれ好きで、服のコーディネートをよく相談していた。アイデアマンでお笑い好きの父を前に、弟と一緒に即興で一発芸をしたり、父のおやじギャグにツッコミ続けた“英才教育”のおかげで、現在も会話の途中でツッコミたくなることもしばしば。

株式会社BLP

2015年創業。美容室「ラルーエ」、カフェダイニング「アンシャルムカフェ」の運営や、オリジナルシャンプーの製造販売などを手がける。BLPは「Beautiful Life Partner」を意味する。経営理念は「愛・感謝 Glow Up!」。「すべての人の人生に寄り添い美しく彩るパートーナー」「関わるすべての人を幸福へと導くために成長し続ける」「未来へと人生のバトンを渡す」との企業理念に沿って、多彩な事業を展開。

ライター

岩田 正恵・藤田 覚/futuretune